■■■Tyler's diary■■■
妄想雑記


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  • L本 制作状況 その2
    ⇒ 久 (09/06)



■■■   KOOL ■■■
Mon.
03.26.2007
禁煙をしてもう6年になる
一日1箱は必ず吸っていたし
仕事となると2箱は消費していた
三度のメシよりも大好きで止められなかったタバコ

だが止めようと思ったわけではなく
単につわりが酷かっただけだ

私は当初自分が妊娠していることすら気付かず
タバコも薬も飲みたい放題にしていた
だが日が増すごとに得体の知れない吐き気が酷くなり
とうとうタバコさえも吸えなくなってしまったのだ

妊娠を知ったのはそれからもう少し後だったが
おなかの子は自分が生きていることをつわりという形で知らせてくれたんだと思うと泣けてきて、申し訳なさからもう二度とタバコを欲しいとは思わなくなってしまった

実は結婚してすぐに子供を流産したのだが
その子の時はつわりもなにもなかった
だから余計にそう思ったのかも知れない




今ではすっかり健康人で
旦那のタバコの煙に家族がガンになるから外で吸えだの
もっと換気扇の下で吸えだの文句ばかり言っている
勿論吸いたいとは一度も思ったことはない


そんな私だが
時折タバコの自販の前を通りKOOLの広告を見ると
ふと気持がフラッシュバックしたりする




私はスタイル重視なところがあったので
夜、水商売に行く時は細身の女らしいシガーを
昼、ツレとたむろする時にはジーンズのケツにねじ込んだ
KOOLを好んで持っていた
ケースは勿論、ソフトケースだ


アミーゴはジッポを愛用していたが
私はあのオイルの臭いがダメだった
せっかくのタバコがまずくなる

タバコが一番上手く感じるのはやっぱりマッチ
リンの香りがたまらない
特にウエスタンに嵌っている時はトニー・ラマのブーツ底で擦ったマッチが最高だったな

いろんな銘柄のものを沢山吸ったけれど
その中で記憶に一番残っているのがKOOL

KOOLは
若い頃に一度は必ず持つ
あの海の向こうにあるアメリカへの夢とか
そういうものを全部象徴していた




ギッと自転車のブレーキを踏んでタバコ屋の角をゆっくり曲がりながら


横目で見る爽やかなKOOLの看板が思い出と一緒に今日も流れてゆく



23 : 51 : 13 ▲ トラバ:0 コメント:0

■■■   しりとり ■■■
Wed.
01.10.2007
よく子供としりとりをする

私はボキャブラリーの王者と豪語しているが
相手が幼児のため難しい言葉は使えない
なるだけ子供の身の回りのもので対抗しているが
子供は自分の言葉が足りなくなると

『ブ・・・・ブンブンふりまわす棒!』

とか文章や音で攻めてくるからタチが悪い


今日も買い物帰りにしりとりしながらふと
昔のことを思い出した



心友のアミーゴと同棲していた頃の事
よくしりとりをして戦ったものだ

二人ともボキャブラの覇者を名乗っていた為
勝負は数日ではつかず、いつも始めると数日間戦い続けたものだ

あの日もそうだった
もう一週間にわたって戦っている
ネタも尽きてきた
でも、負けるわけにはいかない

そして数百回目の『ラ』
アミーゴは出し巻き定食を食べながら涼やかにこう答えた

『ラオウ』

おお、なかなかええもんだしたな
私は負けず嫌いのため今度『ラ』が回ってきたら
ラオウよりも強いもので反撃するつもりだった

そして回ってきた『ラ』
私は自信を持ってこう答えた

『 羅漢!!』

一瞬、定食屋がし〜んとして
目の前で出し巻きをつまんでいたアミーゴが一言

『ん、ついてんで』




・・・・悔しかった
羅漢でやっつけた!と思ったのに;



その後
私の経っての願いで再戦を申し出た
またしても数日に渡るバトルが展開され
お互いの脳も煮詰まった頃、やっぱり舞台はいつもの定食屋

今度は『カ』でアミーゴは
『仮面ライダー』と言った

私はそこにライバル心を燃やし
今度『カ』が回ってきたら同じライダーで
あいつをぎゃふんと言わせてやる!と誓いを立てて

やってきました次の『カ』
一瞬の間に私のスーパーコンピューターが答えをはじき出す

仮面ライダーときたから、それよりも強そうな
あいつも納得するようなキレのいい語句を選ばねば
・・・でもライダーって・・・何があったっけ?

あれれ
分からん
私はあんまりライダーは見なかったな
1号、2号じゃあ芸がない
思い出したのはストロンガー
でもなんだかゴロが悪い

そこで浮かんだのがコレ
今度こそそ自信を持って叫んだ

『 仮面ライダー01 ゼロワン!!』




自分でもすっきりとした気分で満足する私を尻目に
アミーゴはタバコ片手にこう言った


『アホか?』



がっちょ〜ん

負けた・・・・


そんなわけで負け負けのしりとり

でもすんごく面白かったな
ていうか、
数日間もの間に出た単語をお互い全部覚えているあたり
脳が柔らかいというか・・・・

その脳を他に生かせんかったんか?という話(笑)


16 : 38 : 18 ▲ トラバ:0 コメント:0

■■■   怠惰とバラの日々 ■■■
Sun.
07.23.2006
Mr.イカゲッソー
彼は私の過ぎ去りし青春の幻影

つか私そのもの

青春真っ只中
ご近所の皆さんに江藤君(アミーゴ空猫)
と多大なるご迷惑をおかけしていた頃

私はイカゲッソーだった

シーチャカ頭に愛用のタバコ(ダッシュボードに入れっぱなしでしわくちゃのKOOL)をケツに突っ込み
片手にはギター

夜の生活が長い為深海うなぎのように目が退化し
常にグラサン使用

そして夜な夜な仲間とドンジャラ三昧・・・



そんな懐かしい青春の日々の話




高校からすでに半家出状態で働いていた私は
卒業してすぐに家を出た

継母と父親との壮絶なケンカの最中に飛び出したのだ
所持金はわずか2千円

真冬の夜中
とりあえずお世話になっていたあしながおじさんに相談すると
おじさんは快く自分が若い頃使っていたという長屋の一室を
貸してくれた

しかし行ってびっくり

そこはただの廃屋だった

ガラスは割れ、窓は壊され、屋根は崩れ
土塀はボロボロ
何より恐ろしかったのはその廃屋に暴走族が入り込み
中が彼らのアジト状態になっていたことだ

冬の寒空の下軽く眩暈を感じながら
その中へ突入

そして割れたガラスを払いのけ
集まった友達と掃除開始
まず一番に買いに行ったのは玄関!

あんなもの買ったのは生まれて初めてだった

仲間のおかげでなんとか掃除は終わり
不思議にそれなりに人が住める状態にはなれた
しかし家自体が歪んでいる為隙間だらけ
仕方ないので新聞紙を丸めてあちこち詰め込みなんとか凍死問題は解決した

しかしここまでおんぼろのくせに
なんでかトイレが洋式なのには驚いた
これはあしながおじさんが洋式好きだったから
特別に入れたとのこと

う〜ん
さすがはジェントル


しか〜し肝心の布団がない
そこで継母のいない昼間を狙って家に泥棒に入り布団を強奪
江藤の使っていた毛布や着替え
そして仲間がかき集めてくれた生活用品で
とりあえず囚人並くらいには暮せるようになった

でも
初めて過ごす夜のことは今でも覚えている

凄く怖かった

誰か入って来たらどうしようとか
幽霊がいるんじゃないのかとか

でも幽霊より先にネズミが出たけど



そんなこんなで
この家はみんなの溜まり場となった



紫煙うずまく12畳の和室は
猫たちと仲間で常に闇鍋状態

野郎も女もごっちゃになって実に退廃的かつ愉快な毎日だった


金が尽きると店に出て
少しばかりの日銭を稼ぐ

お客は皆知った顔だし
中には地元ということで同級生も来たりして
飲んで歌って楽しい店だったな

晩飯は大抵近所の飯屋

江藤と二人で一週間連続しりとりなんぞをしながら
やきそば定食と出し巻き定食をむさぼり
その帰りはしなびたゲーセンでネオジオ探偵に何千円もぼったくり

こんなクレイジーな同棲生活が約2年ほど続いた

ここは廃屋同然の恐ろしい長屋だったし
幽霊はでるわ
ねずみはでるわ
雨もりはするわ

でもその家にいた幽霊
いや
家そのもの、かな
それに私は救われることになる


ある朝目が覚めると雨が降っていたのだ

家の中に

顔や体を打ち付ける雨にびっくりして起きると
私のベッドの上に雨が
普通に降ってたのだ

呆然としていると
次の瞬間物凄い声で『出て行け』と聞こえた

それも
耳で聞こえたのではなく
頭の中に響いたのだ

凄く低い声で、いや声じゃないな
なんだろう音がシンボル化されたような
とにかく恐ろしいものだった

で、私ははだしで家の外へ飛び出した



外は家の中とおなじに雨が降っていた



そしてその数日後私は引越しをしたのだ



狂宴は一瞬で幕を閉じた




もしあの時あの声が聞こえなかったら
私はまだ居座り続けて
二人ともほんとに狂ってたと思う

怠惰と自堕落は本当に人を狂わせるから
家が
そんな甘えと歪んだ暮らしから私たちを救ってくれたと
私は信じてる





それからは真人間一直線

私は会社へ就職
その後結婚し今に至る



あの家で創作されたものは沢山あって
Mr.イカゲッソーはその代表格



ふと思い出した昔の話


13 : 06 : 19 ▲ トラバ:0 コメント:0

■■■   私と井上 遥さん ■■■
Wed.
06.21.2006
井上 遥さんが亡くなった
私はそれを最近ネットの上で知った


井上 遥さんにはとても思い出がある


当時私は小学5年生

昨年に母が家出してその後両親が離婚
やがて田舎のおばさんの家に預けられ
最も辛い時期を送っていた

そんな時テレビでガンダムに出会った
母への淋しい気持や父と暮す苦しい気持をテレビや漫画が癒してくれた

子供の私には戦争云々の理屈は良く分からなかったが
それでも格好いいアムロやシャアに夢中になった

それから暫くして映画が公開されることとなった

とても行きたかったがここは田舎で映画館などありはしない
20キロ先にあるしなびた映画館は数年前の映画が一日に
数回上映される客も少ない年寄りの溜まり場
ガンダムなんて到底上映されるはずもない

ダメだな・・・と諦めかけた時
父から隣の県まで一緒に行かないかと言われた
当時父は競艇に凝っていて丁度その競艇の場所と近いところに
大きな映画館があったのだ

新聞で上映時間を確認するとガンダムの大きな広告が出ており
その日セイラ役の井上 遥さんが舞台挨拶にくるとあった

そして当日映画を見終わった後
握手会か何かで井上さんに握手してもらえたのだ

TVの向こう側にいる人に握手をしてもらえるなんて
生まれて初めてで
それこそ天にも昇る気持だった


それから家に帰るとすぐに井上さんに手紙を書いた

何を書いたのかさっぱり覚えてないが
恐らく子供のことだ
妙なあいさつ文から始まって可笑しなことを書いたんだろうな

そしてそれをポストに入れた

すると暫くして井上さんから返事が届いたのだ
井上さんの人柄を表すような溌剌とした文字が印象的な
優しい内容だった

これまたまさか返事が来るとは夢にも思わなかったから
天井まで飛び上がって喜んだ


それから暫く井上さんと手紙のやり取りをした

丁度井上さんが初めて出した本『南洋じゃ美人』の頃

私はその本もサイン入りで送ってもらった
そのお返しに何を思ったかマフラーを編み始めたのだ
しかし半分くらいで毛糸がなくなり、おこづかいもあまりなかったため
家に余っていた毛糸で残り半分を編んだという世にも恥ずかしい代物

下手くそながら生まれて初めてのマフラーを編みあげ
そして送った




それから井上さんは事務所が変わったり
外国へ行ったり
私も色々あったりで手紙は書かなくなった



でも『南洋じゃ美人』の本はよく読んだな

何処へ行くかなんて決めないで
思い立ったらパスポートを取りに行こう!
そしたらすぐに旅立てるから

気さくな文章と
南洋の国々での楽しい旅行記が綴られている
私はこの本でニューカレドニアという島国の名前を知った

井上さんの明るい性格とそばかすだらけの笑顔がとても素敵で
ああ私も外国に行きたいと憧れたっけ

英会話学校に勤めたのもその影響があったから

いつか行こうって本気で思ってな
その気持の源には井上さんの本があったのだ



私は物真似がとても得意で中でも井上さんと戸田恵子さんは
ぴか一だった
とある大会で優勝したことだってあるのだ


今は声が擦れて戸田恵子さんの真似は出来なくなったが
井上さんの真似だけはまだちゃんと出来る

こんな些細なことだけど縁を感じるな




だから井上さんの訃報を知った時は
とてもショックだった
しかも3年も経ってからだんなんて・・・



ただファンとして手紙をやり取りしただけだけど
私の心には大切な思い出として残ってる
多分あの辛い時期だったからこそ余計に


素敵な想い出をありがとう
井上さん



さようなら



14 : 41 : 00 ▲ トラバ:0 コメント:0

■■■   つばめちゃん ■■■
Thu.
05.25.2006
幼稚園の行き帰り、必ず通るお宅の軒先につばめの巣がある

下からそっと覗くと小さな黒い頭が4つほど見え隠れしていて
時々私の自転車のブレーキ音を親の羽ばたきと勘違いしてか
可愛い黄色いくちばしを開けて元気な声を聞かせてくれる

この可愛い子供たちを見るのが私の最近の楽しみだ


私は以前つばめを育てたことがある


小学5年生の頃の話だ
学校帰りの道につばめの赤ちゃんが落ちていた
何かの拍子に巣から転げ落ちてしまったのだろう
親は心配そうに子供の側をくるりくるりと輪を描くように飛んでいる
巣まで連れ帰りたいのだろう
だがどう見ても毛も生えず目も開いていない雛鳥だ
飛べるはずもない

私は手を出すことに躊躇していた
何故なら一度人間の匂いのついた子は巣に戻しても
嫌われるのではないかと考えたからだ

親つばめは決して諦める事無く雛鳥と巣との間を行き来していたが
そうこうしているうちに通りから車がやって来た
このままでは車にしかれてしまう
そこでやむなく私が拾い上げた
その様子を見ていた親つばめにきっと立派に育てますと誓いながら


しかしここからが大変だった


家に戻ると誰もが皆『これは死ぬ』としか言わないのだから
確かに、緑色の虫かごの中でぽつんと寒そうに横たわってる
目も開いていない雛鳥を見たら誰でもそう思うだろう

しかしその言葉が私の心に炎を灯した
絶対死なせてなるものかと

とにかく電話帳で辺り構わずペットショップや病院などに
電話をかけまくった
どうやって育てていいのか全くわからなかったからだ
当時はこんな便利なPCもなかったから

そして戦闘開始

恐ろしいあの青虫を探しにゆくのだ
当時は家庭の事情とやらで父の田舎へ預けられていた為
都会と違い虫だけは四方八方豊富にいた

都会育ちで虫嫌いの私にとってこれが一番の難関となったのだ
しかし、背に腹はかえられない
懐中電灯を首から提げて夜の桑畑とキャベツ畑に入った
身の毛もよだつ羽虫の音
恐る恐る割り箸で葉をぺろりとめくると、いるわいるわ
うようよ、うにゅうにゅ
もう恐ろしくてサイズや形態などにこだわってはいられない
とにかく出会った青虫は全て箸でつまんでビニール袋へ放り込んだ

そして家までダッシュ

もうすでにおしっこちびりそうなくらい怖いのに
これからまだそれを食べささなくてはならないのだ
さっそく捕まえた青虫を箸でつまんでつばめの口に近づけるが
これが・・・・全く口を開いてくれない
予想してはいたものの
がっくり

だけど諦めたらこの子は死んでしまうと気を取り直して
今度はつばめの口角をぎゅっとつまんで無理やり広げてみる
口があいた
しか〜しっ!虫が大きい!箸もでかい!
これじゃあ食えん!

そこで涙を流して青虫を半分に切断・・・
でも、やっぱり箸じゃあ上手く入らない
それに固くて無理強いすると喉を傷つけそうだ
親つばめがヒナに食べさせる風景を頭に浮かべて
・・・・ああ、そうなのねと覚悟を決める

今度は虫を指でつまんで口へ押し込みそして仕上げに小指で
喉の奥まで押し込んだ
すると苦しげではあったが食べてくれたのだ

神様!

食べてくれることがこんなに嬉しいなんて!
そりゃそうだ、食べることは生きることなんだから!
こうなるともう虫の恐怖なんて何処吹く風
毎日新鮮な虫を探しに他人様の畑へ侵入してはそれを
手でちぎって食べさせた

この子がオスなのかメスなのかわからなかったけど
私は『つばめちゃん』と呼んでいた

一生懸命育てた甲斐があり、つばめちゃんはどんどん可愛い毛が生えそろい、やがて胸には真っ赤なスワロウレッドの模様も出てきた
その頃になると家の中を自由に飛びまわり
私の肩にいつもちょこんと乗っててくれた
・・・ああ、本当に可愛かったな

写真も撮ってもらったっけ

そしてとうとうお別れのときがきた
お父さんがつばめは越冬するものだと教えてくれた
寒い冬が来る前に仲間のところへやる方がいいと言うのだ
悲しかったがそれに従った

そしてある日の夕方
薄くたなびく紫の雲のめがけてつばめちゃんを空に放した
けれどそれを遊びだと思ったのか何度空に放しても
つばめちゃんは私の元へ帰ってくる

その様子を見ていた血も涙もない親父はつばめちゃんめがけて
石を投げたのだ
勿論当たりはしなかったが、石の描く放物線を通り越して
つばめちゃんはあの空の向こうへ飛び去ってしまった

その時ありがとう、と私には聞こえた




嘘みたいなホントの話

今もしそんなヒナを見つけても、あの時のように育てられるかは
分からない
もう自信もない

一生懸命だった
本当にそう思う
今なら虫を手てちぎってなんて芸当・・・絶対できないだろうな
だからその骨を削るほどの一生懸命さがきっと伝わるんだと思う
つばめちゃんにも通じたんだろうし
神様も力を貸してくれたんだろうね


毎日幼稚園へ送り向かいする途中
見かける小さな黒い頭たち
親鳥のくわえてきた虫を我先にと大きな口をあけて頬張る姿に
胸がきゅうとなる

つばめちゃんの子供たちもきっと何処かにいるだろうなって




23 : 56 : 05 ▲ トラバ:0 コメント:2

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